続・repayment of a kindness




沖田総司は、このところちょっとだけ悩んでいた。

この春から社会人になった総司は、少しでも早く1人前になれるよう頑張って働いた。
毎日が充実している。
仕事も楽しいし、家に帰れば美味しいご飯を作って待っていてくれる可愛い人もいる。

今日も、少し残業して遅くなってしまった。
急ぎ足で家に向かって歩いていた。


「ただ今帰りました!」
ドアを開けると、既に総司の足音を聞きつけていたその人は玄関に立ってとびきりの笑顔で出迎えてくれた。

「総司さんっ! お帰りなさいっ!」
総司を見るなり、嬉しそうに抱きついてくる。
「あははっ セイちゃん、ただいまです」
抱きとめて頭を撫でてやると、嬉しそうに胸に顔をうずめてくる。



そう、総司の悩みの種とはこのセイと呼ばれる元白ネコだった。



セイと一緒に暮らすようになって、もうすぐ1年になる。
このセイは、元々は猫だった。
嘘のような本当の話。

始めはセイとの生活が楽しくて楽しくて仕方がなかった。
可愛い妹が出来たようで、セイの顔を見ているだけで嬉しくて心が和んだ。
一緒に寝たいとおねだりされれば一緒のベッドで寝たし、遊びに行くにも手をつないだり腕を組んだりしてこられれば、
喜んでセイのやりたいようにさせていた。

しかし最近事情が少し変わってきた。
妹のように思っていたはずだったのに、いつの間にか1人の女性として見るようになってしまった。
そんな事に気づかないセイは、今までのように総司にいつでもどこでもくっついてくる。

セイとの生活は、この上なく楽しくて幸せだ。
しかし、この拷問のような日々をどうしていいのか分からず、ただ悶々と過ごしていた。




「今日は、6年生の漢字を勉強しました」
「本当ですか? 出来ました?」
「はい! 採点したら、95点でした」
そう言うと、嬉しそうに6年生の漢字ドリルを総司に見せてきた。
「すごいじゃないですかっ! 算数は先週全部終わったんですよね?」
「もう完璧です」

セイは本当に頭の良い子だ。
人間になったからには、文字が書けなければと始めたドリルで、今はひらがな・カタカナを始め、簡単な漢字まで書けるようになった。
もしかして・・と思い、算数もやらせてみるとあっという間に小学生レベルの計算問題は解けるようになった。

「本当にセイちゃんは頭が良いですねぇ。 尊敬しちゃいますよ」
ドリルに目を通しながら褒める。

すると、セイは嬉しそうに総司に近づいてくる。

「はいはい、いい子いい子」
勉強が出来ると、総司に頭を撫でて褒めて欲しいらしい。
「えへへ〜v」と嬉しそうに笑うセイを見て、総司は自分も嬉しくなる。


セイはその後も今日は何のテレビを見たとか、今日はどこへ行って買い物をしたとか1日の報告をしている。
今の彼女には話し相手は自分しかいない。
その事を良く理解しているので、総司は全てきちんと相づちをうちながら聞いている。

話が一通り終わると、決まってセイは総司の膝枕で甘えてくる。
猫だった時と同じようにするのだろうが、そこからが総司にとっては拷問の時間の始まりだ。

セイは膝枕をしながらも、総司を見上げてまだ話を続ける。
笑うと振動が伝わる。
その振動が、男の総司には何よりも辛い。
体に力を入れて、セイの話だけに集中しようと努力する。


「今日テレビで見たんですけど、T駅の近くですっごく綺麗なイルミ・・なんとかっていうのやってたんですよ」
「イルミネーションの事ですか?」
「あ、そうですっ! 見に行きたいんですけど、ダメですか?」
総司を見上げておねだりするように上目づかいでこちらを見てくる。

「だ、ダメな訳ないじゃないですかっ! 今度のお休みにでも行きましょう」
そう言うと、セイはぱぁっと顔を輝かせて起き上がると、総司に抱きついてきた。
「わぁっ! 嬉しいっ! ありがとうございます、総司さんっ」
「う゛っ…」
抱きつかれる事には慣れているが、先ほどの振動+可愛い顔でのおねだりの後では少々キツい。

そっとセイを自分から引き離すと、その場に立ちあがった。
「お、お風呂に入ってきます」
「あっ 私もっ!!」

急いで自分の着替えを用意しようとするセイの腕を、総司は慌てて掴んだ。
「セイちゃん・・・ もう言わなくても分かるでしょう?」
少し怒った顔でそう言うと、セイはたちまち悲しそうな顔になる。

「そんな顔したって駄目なものはダメです。 お風呂は1人で入ります」
「一緒に入りたいです・・・」
「ダメですっ!」
目に涙を浮かべてぷくっとほっぺを膨らませているセイを、総司は溜息をつきながら見た。
「泣いてもダメッ! 1人で入りますけど、この前みたいに脱衣所で服脱いで待ってるなんて事絶対しちゃダメですからね。 今度したら本気で怒りますよ」
「・・・・はい」
仕方なくといった様子でセイは返事をした。
「良くできました。 じゃあ入ってきますからね。 セイちゃんはテレビでも見てゆっくりしてなさい」
ホッした表情でほほ笑むと、総司はお風呂へ向かった。


毎日こんなことの繰り返し。
総司の理性はそろそろ限界にきていた。

夜も一緒に寝たがるセイを宥めて1人でベッドに寝かせても、必ずと言っていいほど夜中に寝ぼけて総司の布団に入っくる。
そして総司の胸に顔を埋めては、安心したような顔で寝るのだ。

何度抱いてしまおうかと思ったか分からない。
しかし、セイの自分への信頼を裏切る分けにはいかない。
そんな事をしてしまえば、総司に対してどんな感情を持つかくらい簡単に想像がつく。
セイは元猫なのだ。
決してそんな事をしてはいけないと理性で抑えてきた。
セイの居場所はここしかない。
彼女に最適な状況を作るためには、兄のような存在でなければならないのだ。



「どうしたんですか?」
総司は寝ようとして布団に入ったが、なかなかベッドに入らず、枕を抱きかかえたまま総司の枕もとに正座しているセイを不思議そうに見上げた。

「あの・・」
セイは言いづらそうにもじもじと枕をギュッと握っている
総司は不思議に思って起き上った。
「何です?」

「えっと・・ その・・ 一緒に・・」
それ以上言ったら怒られると思ったのだろう。
そこまで言うと、セイは悲しそうに下を向いた。

「一緒に寝たいんですか?」
「・・・・はい」
総司ははぁっと諦めたように溜息をつくと、自分の布団をめくった。
「どうぞ」
「良いんですか?!」
ぱぁっと笑顔になったセイに、総司は苦笑いした。
「どうせダメって言ったって、夜中にはこっちにもぐりこんで来るんでしょ? だったら今一緒に寝たって同じ事ですからね」
「わぁいっv」
セイは嬉しそうに総司の隣にゴロンと寝ころぶと、えへへっと笑いながら総司を見上げた。


可愛すぎる…


総司は思わず赤面してしまったのを悟られまいと、セイに背中を向けて自分も布団に横になった。

「どうしてそっち向いちゃうんですか?」
ぴっとりと背中にくっつきながら、セイが悲しそうな声で訊ねた。


「く・・くっつかないで下さい」
声がふるえそうになるのを、必死に抑えた。

「そっち向いちゃったら淋しいです」
「・・・・」



こらーっ! 息子っ! 起き上がるんじゃないっ!


さっきの可愛らしい笑顔で、いっきに総司ジュニアが元気になってしまった。

セイが背中に顔をくっつけながら、まだ「こっちを向いて下さいよぅ」とおねだりしているが、総司は今それどころではない。
元気いっぱいになっている総司ジュニアをどう沈めるか必死になっている。

「総司さん?」


もう限界だ。
これ以上一緒にいては理性がもたない。


総司はガバッと起き上った。

「?」

険しい顔をしてぎゅっとこぶしを握っている総司を、セイは不思議そうに見上げた。


「セイちゃん。 どうしてもあなたに言いたいことがあります」
「はい」
セイも起き上がり、総司と向き合って正座した。

「猫の世界ではどうだったか分かりませんけど、人間というのは通常男女が一緒に寝たり、お風呂に入ったり、手をつないで歩いたり、腕を組んだりしません」
「え?」
いきなり何を言い出すのだろうと、セイは首をかしげた。
「だから、やっぱりあなたとは一緒に寝るわけにはいかないのです」
暗い声でそういう総司に、セイは悲しげな顔になった。
「でも・・ 良くテレビとかで一緒に寝てるの見ます」
「それは恋人同士だからですよ」
「私たちは、恋人同士じゃないんですか?」
セイの言葉に、総司は驚いてセイの顔を見た。
「あなた、恋人の意味わかって言ってるんですか?」
「知ってます。 好きあっている人の事でしょう? 私は総司さんの事だーい好きです。 総司さんは違うんですか?」
ほっぺをぷくっと膨らませながら、上目づかいに総司を見てくる。
「好きに決まってるじゃないですかっ!」
「だったら、何の問題もありませんよね♪」
そう言うと、セイは総司にぎゅっと抱きついてきた。

しかし総司の顔は晴れない。

「・・・・・セイちゃんの言っている好きと、私の好きは違うんです」
「どういう意味ですか?」
「それをあなたに説明するのはすっごく大変です。 とにかく、全然違うんですよ」
「好きに違いがあるんですか?」
「あるんです。 だから、あなたとはもうこれから今までのように私にくっついたりしないで欲しいんです」
「嫌ですっ!!」
突然大声を出したセイに、総司はびっくりした。
「せ、セイちゃん?」
「絶対同じだもん!」
「違うんですっ! もう、分かって下さいよぅ」
総司は涙目になりながら必死に訴えた。


むぅっと怒った顔をしていセイは、ぱっと顔を上げると総司の唇をぺろっとなめた。

「!!!??」

突然の行動に驚いた総司は、布団から飛び出るほど後ずさった。

「こういう事じゃないんですか?」

「え、せ、セイちゃんっ!?」
手で口を押さえながら、総司は真っ赤になった。

「猫の世界とか、人間の世界とか関係ありません。 好きなものは好きなんです。 私の好きはこういう事です」
そう言うと、セイは四つん這いのまま総司に近づいた。
総司は動けないまま、目の前に来たセイの顔をただ見ている。

「総司さんの好きと違いましたか?」
にっこりほほ笑みながら訊ねるセイに、総司はぶんぶんと首を横に振った。

「ほら、やっぱり同じだったでしょ?」
今度は首を縦にふる。
「だったら・・ 総司さんと私は恋人同士ですよね?」
「こい・・・びと・・?」
言葉に出して、更に総司は赤面した。

「わーい♪ 総司さんの恋人だぁ」
嬉しそうに総司に抱きついてくるセイを、総司は呆然としながら抱きしめた。

「恋人って事は・・ 恋人って事は・・」
総司の頭の中には、あんなことやこんなことが浮かび始めた。

「総司さん、どうしたんですか?」
可愛く見上げてくるセイに、総司はハッとなってセイを見た。


「セイちゃんにキスしても・・良いんですか」
総司の問いに、セイは迷わず嬉しそうに頷いた。

「キスしたら、その後制御できなくなりますけど、それでも良いんですか?」
「その後?」
「だから・・ その・・」
ハッキリと口に出すことができず、しどろもどろになる。
だがセイはニッコリとほほ笑んだ。
「良く分からないけど、総司さんがしたいと思うことは、きっと私もしたいと思うことだと思います。 総司さんになら、何をされても嬉しいです」


嬉しすぎて鼻血が出そうだ・・


総司はセイを抱きしめている腕に力を込めた。


でもどうせ今まで1年も我慢してきたのだ。
もう少しくらい我慢しても良いだろう。
急ぐ必要などない。
セイが自分の事を兄としてではなく、1人の男として好きだと思っていてくれたという事が分かっただけでも幸せだった。


総司はセイの頬を両手で包むと、セイに優しくキスをした。
セイも、嬉しそうに何の戸惑いもなくそれを受け入れる。

その事に安心した総司は、またセイを抱きしめた。

「大好きです、セイちゃん」
「はい、私もだーい好きです」
セイも嬉しそうに、総司の背中に腕を回した。

「今日はもう寝ましょ」
そう言うと、総司はセイが寝ているベッドにセイを伴って入った。
そしてセイに腕枕をしてやると、セイの髪を優しく撫でた。

「明日から、一緒にお風呂も入っていいんですよね?」
「それは・・・ まだ駄目です・・・」
「えーーーっ??」
「えーっじゃないです。 そういうのは、ちょっとずつやってくんです」
「ちょっとずつ?」
「今はまだ深く考えなくて良いですよ」
「?」
意味が分からないように総司を見上げた。
「明日からは、恋人としてよろしくお願いしますね」
「はいっ」

総司から恋人という言葉を聞いた事が嬉しくて、セイはニッコリ微笑んだ。



きっとこれらも元猫だったセイとの生活はいろんな問題が出てくるだろう。
でもセイの事が大好きだから、きっと乗り越えていけると総司は確信した。
また違った生活が明日から始まる。
そう思うと、総司は何だか嬉しくなった。

まだまだ本当の恋人同士とは言えない2人だが、セイと一緒に少しずつ近づいていこうと思いながら、総司は目を閉じた。




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ぺんぺん様から頂きましたリクエスト、
「白ネコセイちゃんの恩返しの続編」を書かせて頂きました。
何だか良く分からないお話になってしまいました・・・

飼い主と白ネコちゃんの域を出なかった2人が、やっと恋人同士になれたという事を書いてみました。
ぺんぺん様、ご期待にお応えできたかどうかがとっても不安ですが、リクエストを頂きましてありがとうございました★

2008年12月15日